※洋服作りでの「仕様」って、主に縫い方の手順をなどを指します。
たとえば、縦の縫い目と横の縫い目が交差した箇所で、縦を先に縫うか?横を先に縫うか?、などの選択が、どちらでも構わなくて、単に好みの問題だけであることもあますが、そういった小さな違いによって仕上がりが変わることもあります。
ただ、「ここの仕様は、どっちでもよい」というケースも珍しくなくて、「AかBかを選択する場合、一般的にはAが多くて、ボクもAにしているけど、技術的にはどっちでも構わないです」というように答えるしかないことは、よくあります。
すでに慣習として確立されていて、かつその選択がどっちでもよい場合は、慣習が常に正しいとは限りませんが、あえて慣習から逸脱する必要はないと思います。
慣習に逆らうことには理由が必要だけど、従うことに理由は必要ないからです。
で、その写真のワンピースの特定の箇所について、「自分なら、ここの部分は縫い目にしなくて、『ワ』にするかな」と指摘したところ、こんな返事が。
「やっぱりワの方がいいですかね、このデザインに限らず、ワにする/しないの基準はデザイン面ででしょうか?それとも縫製工程的な面からでしょうか。(デザインや素材により様々かとは思いますが参考までにお伺いできれば)」、と。
これ、時代の変遷や、世の中の慣習、知らない間に入り込んでいる個人的な嗜好などが混ざり合う、とても難しい質問です。
一般的に、前後の中心の構造的に必要のない縫い目は、「中心に視線を誘導するため(細く見せるため)」とされることが多いけど、そのような効果が必要かどうかや、結果として効果があるかは、ケースバイケースです。
一方で、シルエットが変わらなければ、縫い目は少ない方がよい、かどうかもケースバイケースです。
ぼくは、ズボラな合理主義者なので、基本的には「同じ結果に到達するなら、最も楽で単純な手順が良い」と考えていて、「昔からおこなっている方法だから」という理由では伝統を信用していませんが、一方で、「安易に見えることはしたくない」ということも心掛けていて、両者は結構矛盾します。
で、今回のワンピースの箇所については、「この選択は安易に見えるので、自分ならしない」。
ところで、「合理的」と「安易」の境界線ってどこだろう?
いろいろと考えてみると、「考えられているかどうか」ということになりそうです。
なんだか抽象的な話ですけど、考えた上で、あえて省略した手間は「合理的」、考えのない合理化は「安易」
全体の姿や細部を見て、デザインや素材や仕立て素材の良し悪しとは別に、「これを作った人は、服のことが『分かっている』」と感じることはあり、そういう服の作り方は「合理的」。
「合理的」と「安易」の境界は、時代によっても変わりますし、「ラグジュアリー・ブランドの服では、こういう工程になっていない」というような、技術的な根拠のない判断基準も入ってきている気がします。
縫い目をどこに付けるか、あるいは付けないかは、「合理的」に考えるべきだけれど、「安易」に決めてはいけません・・・むずかしいなあ。
1.ちょっとマニアックな「仕様」
2.ステッチの「仕様」は、「一貫性」がポイントです。