山村ドレススタジオ > ちょっと(かなり?)マニアックな服飾技術の話 > 「セットインスリーブ」って、腕を上げやすく(動かしやすく)できるの?

ちょっと(かなり?)マニアックな服飾技術の話 (洋服つくりの技術を紹介してます) 47

前の投稿一覧ページに戻る次の投稿
図1は、ジャケットを描いたもので、ジャケットは、その構造上、腕(袖)が上げにくいんですけど、それを少しでも上げやすくできる方法を考えてみようと思います。

※今回は型紙についての考察なので、生地の伸縮性については考えず、腕(袖)を下した状態で、シワ(ドレープ)のない状態をキレイな形とします。
※実際に型紙を作るときは、身頃だけや袖だけを変えることは滅多になく、寸法を合わせるため、それぞれの部品を連動させることが大半ですが、そのことには触れていません。
※上方向の可動性と同じように、前方向の可動性もありますが、ここではあまり触れていません。


ジャケットの型紙は、だいたい図2のようになっています。


ジャケットの袖付け(セットインスリーブ)の他にも、いろんな袖の構造がありますが、腕(袖)が上げやすさの主な要因は、縫い目がどこにあるのかの構造的なことよりも、基本的には図3の青の線と赤の線の長さのバランスで、青の線に対して、いかに赤の線の長さを稼ぐかによって、上げやすさは決まってきます。


では、どやって図3の赤の線の長さを稼ぐかというと、一つは袖の形を図4-1の赤の線のように変える、という方法があり、このことを「袖山を低くする」と言います。
確かに、この方法で腕を上げやすく(動かしやすく)できるのですが、袖が付いている方向が変わり、腕を下したときにシワになってしまいます。


他にも、図5の赤の線のように「身頃の袖ぐりを上げる」、という方法もありますが、こちらの問題点は、中に着る服が限定されてしまうことや、脇にぶつかってしまい気持ちが悪いことなどが挙げられ、そもそも腕が入らない袖は現実的ではないので、上げるにも限界があるし、高年齢になるほど袖ぐりを上げることを嫌う傾向にあると思います。


普段の衣服であまり見かけませんが、舞台衣装の世界などでよく用いられる手法に、「マチを入れる」というものがあり、図6-1のように、身頃と袖を縫い合わせるときに、間に「マチ」をいうレモン形をした部品を入れることを指します。
また、図6-2のように、「マチ」をどんどん大きくすれば、より可動性も増しますが、着づらい、腕が入らない、といった図5と同じ問題になります。

ただ、この方法の図5よりも機能的に優れている点は、「脇の一番高くなる箇所に縫い目がない」ということが挙げられ、この違いはけっこう大きいと思います。

この方法は確かに可動性が増すのですが、ではなぜ普段の衣服であまり見かけないかというと、この「マチ」自体の美観の問題があること、また、単純に普段の衣服にそこまでの可動性を求めていない、ということもあると思います。


写真7のジャケットは、図6-1の構造を応用したもので、「マチ」の部品を縫い合わせるのではなく、内袖に「マチ」に該当する分量をあらかじめ組み込む、というもので、このジャケットに用いた生地がかなり硬く、腕を上げにくく(動かしにくく)なるはずのものでしたが、ある程度の可動性は確保されていました。
これは、間に「マチ」を入れることほどの見た目の変化がなく、可動性を上げられるので、一定のアイテムや人に対して、実用性のある方法だと思います。

※ここをクリックすると、写真の作品ページに移動します。


図8が、その袖の型紙で、青の線に対して対象形にしているので、ちょっと不思議な袖付け線になりました。


「理想の衿付けはあるかもしれないけれど、理想の袖付けはなく、あるのは『よりマシな妥協点だけだ』」と話すことがあります。
身頃に対して、袖を下向きに付けながら、同時に横向きや前向きに袖を付ける方法がないからです。
しかも、着る人や、その用途によっても、「よりマシな妥協点」が変わってきます。
なので、いつも難しい。
だから、いつも面白いんだと思います。