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上手く縫えますか?

大学で、学生さんの作品提出を受けているときに、「どうすれは上手く縫えるようになりますか?」といった質問をうけました。
その人は、ボクには上手く縫えているように思えましたが、自分の技術や作品に納得していないようです。

「どうすれは上手く縫えるようになりますか?」という問いにたいしては、「上手くなりたいですか?」と、問い返す必要がありそうです。「技術の上達」、それ自体はよいことでしょうけど、それが「よりよい服作りができる」につながるとは限らないし、逆効果になる可能性すらあるからです。

とはいえ、納得しないことは、その人の将来のためにもよいことですし、そういうときにボクは、「経験」や「努力」や「やる気」を唱えるつもりがないので、文章にまとめてみました。


「上手く縫える」には、2つの方向があります。ひとつは、「精度を追求する(正確に縫う)」ことで、これがいわゆる「上手く縫える」といわれていることになると思いますが、もうひとつ、「よく見ると雑で、決してキレイとは言えないけど、ぱっと見、なんとなくキレイ」ということもあり、どちらの要素を、より優先的に求められるかは、状況によって異なり、また、「どちらが得意」といった、作り手との相性があります。なので、制約がないなら、自分の得意なほうから、「上手く縫える」ように努めるのがよいと思います。

まず、前者の「制度の追求」の答えは、「経験ですよ」というひと言にもなりそうですが、それだけではありません。「精度を追求しやすい状態にすること」も大切です。
たとえば、ミシンで縫う場合、針の左右や前後で厚さが違うと縫いにくいので、できるだけ厚さをそろえるようにする、とか、上下に2枚の生地を縫うときに、下の生地が先に進んでズレてしまう性質があるので、ズレにくいよう、どちらを上で、どちらを下にした縫うかの選択をする、とか。
これらは、デザイン変更が必要な場合もありますが、縫い方の工夫だけで実現できることもあります。
手先の器用さによるところの大きな分野でもありすが、この「制度の追求」は、実現できるか否はともかく、わかりやすい目標で、定義するのは簡単です。たとえば、5ミリ幅のステッチと、6ミリ幅のステッチを縫い分ける、ようなことです。これらは、「縫い分ける」以前に、「見分ける」ことができなければならないので、まずは見分けられるようになりましょう。


いっぽうの「ぱっと見、なんとなくキレイ」は、経験上、感じることがあり、見る人による認識の違いもあるものの、ある程度は共有できます。ただ、はっきりと定義するには限界がありそうです。

ボクは、「3人のレンガ職人」の教訓は、「上手く縫えるようなる」という目的には、有効な捉え方だと思います。自分がいま、どこにいて、これからどこに向かっているのかをハッキリさせておいたほうがよい、ということで、これは、分業体制の進んだ場所では、違う結論になるかもしれませんが、一着をすべて自分でつくるときには、単純作業として全体のことを意識せず、部分に集中して縫うのと、具体的な完成形をはっきりとイメージできたうえで縫うのとでは、後者のほうがよいのではないか。これは、縫製仕様の理解にもつながるはなしで、完成した姿から逆算して個々の工程を進められることは、時間の短縮だけでなく、仕上がりをよくすることにもつながります。

ほかに、「ぱっと見、なんとなくキレイ」には、縫うときの「勢い」が必要で、これは「スピード」とは違います。ステッチのはじめと終わりで幅の誤差が多少あっても、その最初と終わりがつながった場所でなければ、勢いがあるならそれほど気になりませんが、勢いがなく、短い距離でジグザグしていると、かなり印象が悪くなります。
寸法の精度は、「絶対的」な精度と、「相対的」な精度を分けたほうがよいと思います。ここでいう絶対的な精度とは、「袖丈が50.5センチではなく、50センチである」といったことで、相対的な精度とは、「襟先の小さなカーブが、スムーズな曲線になっていない」とか、「本来はぴったりとつながるはずの場所が2ミリずれている」というようなことです。洋服つくりにおいて大切な精度は、多く場合が相対的な精度で、その精度を実現させるには、縫うときの「勢い」が必要になる、ということです。

ただ、この「勢い」には、ある種の「雑さ」を伴っていて、これが、定義することの難しさにもつながります。「勢いがあるけど、不正確で雑」と、「勢いはないけど、正確」とを比較して、どちらがよいのか、という問いが残るからです。ステレオタイプ的な感覚では、イタリア製やフランス製は前者の傾向、日本製は後者の傾向だといえそうですけど、結論としては、ケースバイケースです。

個人的には、「縫うことが上手くなりたい」という気持ちはありません。自分は、ものごとを技術的に考える傾向があると思っていますが、技術を目的として極めようとは思いません。 ただ、上手く縫えるようになることによって、はじめて見えてくるものがあると思います。

もしかしたら、その「はじめて見えてくるもの」が、「縫うことが上手くなりたい」人にとって、もっとも大切なのかもしれません。

2025年1月23日