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洋服の「上手い」を定義してみる

かつて教えていた学生がつくった新しい作品を見る機会あると、「この人、つくるのが上手になったなあ」と感じることが、ときどきですがあります。ただ、学生の作品って、たまたま選んだデザインによって仕上がりが大きく左右され、運に影響されることも少なくありません。だから、ひとつの作品だけで判断するのは難しい、というか、判断しないようにしているのですが、それでも「この人、上手になったなあ」と、成長を感じさせてくれる人がいます。

そんなことを思っていて、ふと、洋服の「上手い」って何なのかが気になりだしました。

「つくるのが上手い」というのは、ただ縫製がキレイというだけではありません。縫い目が整っていることもちろん大事ですが、そこだけに目を向けるのは違う気がするし、そこだけに注目することは、かえって全体として見落とす部分が多いと思います。縫製が「上手い」は、実際にできるかどうかを別にすれば、比較的、定義をすることは簡単ですが、「作りかたは雑だけど、上手い」や「丁寧でキレイだけど、上手いとは思えない」ということもあります。
型紙がきちんとしていることもポイントではありますが、型紙の良し悪しってデザインに引っ張られる部分もあるし、学生の作品で、一定以上の型紙の完成度を求めるのは難しいと思います。デザインの上手い・下手もあるとは思いますが、これは好き嫌いや時代の流れに影響されるところが多く、そのデザインを、必ずしも自分が理解できるとは限らないし、個人的な好みを排除すべき場面でもあるので、学生のデザインについてはあまり気にしないようにしています。

じゃあ、何が「上手い」と感じさせるのかと考えてみると、技術的な話ではないように思います。うまく説明できないのですが、どこかで「服全体が見えている」ような感じ、といったところでしょうか。全体が、一つの作品としてまとまっている感じがあると、「ああ、上手いなあ」と思う。・・・やっぱり、うまく説明できない。
逆に、「上手くない」服について考えてみると、一着の服のなかに「チグハグ」さを感じます。

ほかに、プロがつくった服ではなく、学生作品に特有の「服全体が見えている」と思う指標として、「仕様」があります。つくる順番や、細部のつくりかたが、きっちりと管理され、完成した作品に「つくっている過程での、悩みや苦労の形跡を見せない」ことです。これは、世の中に出回っている服では、専門家が関わっているし、たいていはテンプレートとなる既存の服があるし、一度サンプルをつくってから製品化するので、「仕様」が管理されていない、ということは、ほとんど起こりませんが、はじめての形の服をつくる場合では、けっこう難しいことです。具体的な見本のない構造で、「仕様」が適切に管理され学生作品を、ボクは見たことがありません。
とはいえ、これは、紳士服のテーラードジャケットのように、ほとんど「仕様」が確定しているものと、はじめての構造のものとでは、求められる完成度は異なりますが、どんな人がつくった服にも、「仕様」が上手いと感じるものと、そうでもないものがあり、「つくる過程での、澱みのなさ」は、「上手い」洋服であることの重要な要素だと思います。

「上手い」洋服であることが、どのくらい大切かどうかは、人によると思います。「どうでもよい」という考えもあると思います。
でもボクは、この「上手い」を大切にしていきたい。それは、モノつくりを進歩させていく方法の一つだと思うからです。