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「型紙の線は音楽みたいだ」と言ったら、助手の先生に珍しがられた話

大学の授業で、学生たちが描いた型紙を見て意見を交わす機会が多いのですが、自分なりに理論的に説明することを心がけつつも、つい感覚的な表現をしてしまうことがあります。たとえば、「この線は気持ち悪い」といったような。でも、「『線が気持ち悪い』って何やねん?」と問われても、自分でもうまく説明ができないのですが、他にしっくりくる表現も浮かびません。
ただ、縫い合わせる部分の長さが合っていなければ問題ですが、それ以外のデザインには個人の好みも反映されます。なので、自分の考えを学生に押し付けないように心がけつつ、「自分なら絶対にこの線はないかな」と思うことについては伝えるようにしています。

そんなやり取りの中でふと「型紙の線は音楽みたいだ」と表現したところ、助手の先生が「作図を音楽に例えるのを初めて聞きました」、と。
もっとも、実際にこの言葉を口に出したのは初めてだったので、「初めて聞いた」こと自体は当たり前かもしれませんが、それは、ボクの中ではずっと感じていたことでした。

「型紙の線は音楽みたいだ」というのは、それぞれの線の流れにリズムやハーモニーがあり、それが崩れると不快に感じる、ということです。だからボクは、少しでも違和感のある線を見つけると修正したくなります。これは単に「丈を長くしたい」や「幅を細くしたい」といった量的な話ではありません。
また、たとえ、この修正が、最終的な結果に反映するかがわからなくても、やっぱり修正したくなります。
時には、線の流れの数ミリの差も気になります。ここでの数ミリのレベルでは、裁断や縫製で誤差が吸収されて気にならない程度かもしれませんが、修正しないと気持ちが悪い。小さな違いが積み重なることで大きな差を生むこともありますが、それ以上に、型紙の線そのものに「美」があると思っているから、というのが修正をする理由です。 で、その「美しい線が、最終的に美しい服につながると信じている」という気持ちはいつも持っています。
ただ、自分の型紙なら好きなように修正できますが、他の人の型紙となると悩ましいところです。ボクの考え方を人に押し付けるべきではないと思うので。

ところで、「型紙の線は音楽みたいだ」と言った時に頭に浮かんだのは、特定の曲ではなく、なんとなく「ワルツ」のリズムでした。というか、音楽の知識なんてほとんどないので、具体的な曲名も出てこかったのですが、「ズンチャッチャ、ズンチャッチャ」というあのリズムです。気になってネットで調べてみると、ワルツは「円を描くようにゆったりとしたリズム」とのことで、型紙の線との共通点に納得しました。

そういえば、その時に思い浮かんでいたのは、映画「ハウルの動く城」で流れてくる音楽だったかも。
この「型紙の線は音楽みたいだ」という考え方は、もしかしたらもっと深めると面白いテーマかもしれません。何気なく口にした一言ですが、後になってそのように思うようになりました。「ハウルの動く城」のサウンドトラックアルバムを聴きながら。