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「『洋服って簡単に作れるようになるの?』という質問に答えるのは簡単じゃないんですよ」という話。

「洋服って簡単に作れるようになるの?」ということに答えるは、まず「簡単≒時間がかからない」と「簡単≒難易度が低い」に分ける必要があり、その人の手先の器用さなどによっても違ってきますが、それ以上に、どのくらいの「完成度」と「難易度」と「かかる時間」を想定しているかの個人差があることにより、「簡単じゃない」と思う人と「簡単だ」と思う人がいて、その背景に「簡単に作れる」「簡単には作れない」と、思わせようとする人たちの思惑もあります。
仮に、簡略化した方法で、とりあえず簡単に完成させられたとしても、その仕上がりに満足できるかも人それぞれで、なので、「洋服って、簡単に作れるようになるの?」という質問に答えるのは簡単ではありません。


本屋の洋裁関係のコーナーでは、「簡単に作れる」ことを掲げる本ばかりが並んでいる一方で、文化式・ドレメ式などの作図技法や立体裁断、手間のかかる伝統的な仕立て方について記した本は、隅に追いやられているか、全く扱っていなかったりします。
「簡単に作れる」ことを掲げなければ、それでなくても売れなくなってきている本が、さらに売れないからだと思います。
生地などの材料、ミシンなどの道具を扱う人たちも、彼らに「自分たちが扱う商品を買ってもらいたい」という経済の論理が常に働いているので、現実がどうであれ、「簡単に作れる」ことを掲げる傾向にあります。
「簡単に作れますよ」というメッセージを送ることで、入口のハードルを下げること自体はとても良いことだと思いますが、「簡単に作れる服もあります」ということが事実とはいえ、その世界に居続けることは、最終的には自己満足にしかなりません。
完成した結果から考えると、全く無意味な手間もありますが、多くの場合、かける手間には意味があり、最初からは理解できないだけです。
もっとも、時代によって、何が必要な手間なのかが変わることもありますが。

一方、古くからある洋裁学校では、「洋服は、簡単には作れない」と、思わせてしまう傾向にあります。
「上の世代の人ほど多いのでは」、と思いますが、洋裁学校で学んだ人の中には、作図技法の面倒さ、つまらなさだけの記憶が残り、洋服を作ること自体が嫌になる人もいて、作図技法には、簡単なことまで難しく考えさせてしまう力が働いているようです。
しかも、それを覚えただけでは、出来上がった服を自由にイメージできるようにはならず、自由にイメージできるようになるためには、より技法に慣れていく必要もありますが、それ以上に、型紙をより俯瞰した視点で見ることが大切で、その視点は、作図技法にいくら慣れても、自動的には習得できません。