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「おしゃれ」って何?

1.はじめに

人がなぜ「おしゃれ」をするのかの根本を問うときには、サルとの対比で考えるのがいいと思う。
サルは、暮らしの中の「食」は隠して、「性」は隠さないらしく、この部分で一般的なヒトとは逆だ。
あと、群れの中のオスの優位性は、おおむね体格を含む腕力で決まるようだが(組織のドロドロとした出世争いのようなこともあるようだが)、ヒトの社会はもっと複雑だ。
したがって、「おしゃれ」とは何かを突き詰めると、「性」をテキトウに隠すための機能と、「優位性」を間接的に示すためのものだと思う。
ただ、ここからがややこしい。
「『性』をテキトウに隠す」の「テキトウ」とは、一体どのくらいなのだろうか? という問いが常にあり、現在ではユニセックスな服装も存在するが、伝統的な衣装で男女の区別が全くないものを私は知らない。
一方で「性器」をまったく放置している民族のおしゃれも知らない。アフリカやアマゾンなどの先住民族の衣装では、「隠す」か「誇示する」かのどちらかだと思う。
ちなみに、洋服に関して近代化以降では、メンズ服のデザインを、ウィメンズ服が取り入れて、一方のメンズ服は徐々に柔らかくなる傾向で、双方が中間に近づいてきているような印象を受ける。
一方の「『優位性』を間接的に示す」というのも、一般的には、価格の高いもの、高そうに見られるものが優位になりやすが、例外はいくらでもあり、「価格の高いもの、高そうに見られるもの」を身につけて、逆に中身のない人間に見られることも起こりうる。
また、「間接的に示す」こととは、どれくらい「間接的」かは、人によってや、その文化や時代などによって違うだろう。
誰が見ても「価格の高いもの、高そうに見られるもの」と、分かる人が見ると「価格の高いもの、高そうに見られるもの」で、どちらが良いかもケースバイケースだ。

では、「おしゃれ」は、どのような人にとって必要なのだろうか?

2.「おしゃれ」って何? 仏像編

仏像の種類は大きく「如来」「菩薩」「明王」「天」に分けられ、それぞれ【1】のようになるそうだ。
ここでは、「如来」と「菩薩」のみ取り上げる。 双方ともブッダがモデルで、「如来像」が悟りを開いているブッダ、「菩薩像」が悟りを求めて修行中のブッダなのだそうだが、ここで、双方の装飾としての「おしゃれ」に注目し、「如来像は『おしゃれ』をしていない」、「菩薩像は『おしゃれ』をしている」、と定義してみようと思う。

本当に仏像の飾りを「おしゃれ」と呼ぶべきか、や、シンプルなドレープの服も「おしゃれ」の範疇に入れるできではないか、などの異論もありそうだが、悟りを開く前のブッダは「おしゃれ」が必要で、悟りを開いた後のブッダには、「おしゃれ」の必要がないと考えてみると、「おしゃれ」の本質が見えてくるのではないだろうか。

「人を見た目で判断してはいけない」とは、よく言われることだが、一方で、人には見た目で判断されるものだ、と思っておく必要がある。
悟りを開いた世界には「おしゃれ」は必要がないが、俗世間に生きる我々には「おしゃれ」は必要で、「自分には『おしゃれ』は必要でない」、と言えるようになるために、「おしゃれ」をするのではないだろうか、と思う。

3.「おしゃれ」って何? 進化論編

【3】は「エイ」、【4】は「ヒラメ」で、双方とも前から見た姿に、高さがなく、横に広いことが共通で、それぞれ海の中での暮らしに適した形になっている。 しかし、この両者の育ち方は違う。「エイ」は生まれたときから、横に広い形なのだが、「ヒラメ」は、卵からかえるときは、縦に長い通常の魚と同じような形で、あるとき首が90度曲がり、横に広い生魚の形になるそうだ。
したがって、生まれてから、大人の姿になる成長の過程を考えると、「エイ」の方が合理的で、「ヒラメ」には無理があると思う。
では、なぜ「ヒラメ」が「エイ」のように、最初から横に広い形にならなかったかと言えば、単純に「魚」だからだ。(エイも分類上は「魚類」だそうだが)
生き物の姿形は、機能を考えながら、一からをデザインすることは不可能で、常に過去の情報を引きずる、いわば、服のリメイクのようなものなのだ。

このことは、「おしゃれ」にも共通なのではないかと考えている。全くの白紙の状態から、どういう「おしゃれ」をしようかを考えることは、まずあり得ない。
継承するにせよ、反発するにせよ、「おしゃれ」は、常に過去の書き換えだ。

ところで、私自身が左利きであることもあり、洋服の打ち合わせは、服を作り始めた当初から気になっていた。
「なんで、男性が左上(右前)、女性が右上(左前)なんだろう?」、「服の打ち合わせを決めるのは、性別じゃなく、利き手なんじゃないの」、と。
ここでは、歴史的な理由には触れないが、今の時代に一から洋服をデザインしたとすれば、男女の打ち合わせは同じにする可能性が高く、自分なら打ち合わせは男女同じにする。では何故、今の男女の洋服の打ち合わせが異なるかと言うと、「以前からそうだっだ」というのが答えだと思う。

4.「おしゃれ」って何? ネガポジ編

まずは、以下のような状況を想像してもらいたい。

① 憧れの〇〇さんみたいになりたい
② ママ友の輪の中で、浮くのは嫌
③ 就職面接で、いい印象を与えたい

単純に分類はできないかもしれないが、「おしゃれ」をする動機として、①はポジティブ、②がネガティブ、③はどちらといえないのではないかと思う。
多くの人にとって、①の「おしゃれ」が最も楽しいのではないかと思うが、「おしゃれ」とは、本来ポジティブなのだろうか? ポジティブでなければならないのだろうか? また、ポジティブとネガティブの境界線はどこにあるのだろうか?

5.「おしゃれ」って何? 選択編

「おしゃれを選ぶ基準」って何だろうか?

「新しいか、古いか」、「私の好みか、他の人の好みか」、あるいは「正しいか、間違っているのか」
選択には、様々な基準があると思うが、「本当に自分が選んでいるにだろうか」、このことは、常に気にかけている方がよいと思う。

6.「おしゃれ」って何? 「似合う」編

「自分に似合った『おしゃれ』がしたい!」 と、思う人は多いと思うが、「似合う」とはどういう状態かを考えると、だいたい以下のように分類される。

① 着る人の身体(見た目)に 「似合う」
② 着る人の心に 「似合う」
③ 着る人のいる場(環境)に 「似合う」
④ 着る人のいる時代に 「似合う」

③と④は、ここでは置いておくとして、①と②の区別や優先順位を考えることは大切だ。
「寒いのを我慢して、春先に春物を着る」、「今、着ている、ジャケットって、腕が上がりづらい」、「歩きにくいけど、お気に入りのスカートを履く」など、いろんな弊害があっても、その日の「おしゃれ」を気に入ることは、おそらくよくあることだが、その多くは、着る人の心を優先した結果だと思う。
また、「パンツのウェストは、ゆるめが好き? きつめが好き?」の選択は、着る人の身体(見た目)を規準に選ぶだろうか? 心を規準に選ぶだろうか?

現在では、「身体」よりも「心」に似合うものを選択する傾向で、それを許容することを善しとする傾向にあり、望ましいことではあると思うが、それは一見して、理解をすることが難しく思える他者が、身の周りにたくさんいる社会を意味することでもある。
「心」と「身体」、どちらに似合うことが大切だろうか?

7.おわりに

ここまで、「おしゃれ」と何かについて、いろいろな見方をしてきた。
「おしゃれ」のきっかけが、感覚的な、「これ、カワイイ!」であっても構わないと思う。
ただ、ときには、他の今までとは違った視点で、「『おしゃれ』と何か」、を考えてみると、より「おしゃれ」が楽しく、また深まってゆくのではないかと思う。